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やきいも黒瀬・阿久根/鹿児島酒造




1900年頃、明治政府が家庭での酒造を禁止した頃から、鹿児島では焼酎が販売されるようになりました。この時代に合わせて登場したのが黒瀬杜氏の集団で、黒麹を使い従来の黄麹よりも質の良い焼酎を造ることで商業化が進みました。麹米や仕込み方法にも改良を加え焼酎の品質向上が一気に進みました。黒瀬杜氏集団は、鹿児島のみならず九州全域の蔵元から声がかかるようになり、やがて300名を超える規模となります。 その創世記に活躍したのが黒瀬金次郎であり、鹿児島酒造蟾瀬杜氏伝承蔵の初代杜氏黒瀬安光は三男にあたります。




黒瀬安光氏は、三十歳の時鹿児島酒造螳さ弸工場に着任し、九州各地の蔵元をめぐり焼酎の製造技術磨き、定住することで今度は焼酎の変化を観察し、貯蔵の技術を学びました。また、「食べて美味しい焼芋で焼酎を作ったら美味しいに違いない」と考え、業界初の“焼き芋焼酎”を開発しました。


二代目杜氏の弓場裕氏は、昭和58年に鹿児島酒造螳さ弸工場に入社し、黒瀬杜氏の厳しい指導のもと平成元年に杜氏となり、黒瀬杜氏の技を受け継いでいます。